北尾トロ氏と「本の町」構想
トロさんは、増坊とほぼ同世代の、世間で言えばオッサンであるが、大変な働きマンで、その行動力にはいつも舌を巻いている。
本業のライターとしての執筆、取材、打ち合わせのほかに、地元西荻でのタウン紙発行などの地域活動、それに趣味の裁判傍聴、さらにはまだ幼い女児の父親業もあり、その合間にネットでの古本販売などの古本屋活動もするのである。
その多忙な日常はほぼ日刊で届く、彼のメルマガに詳しいので、増坊のように腰の重い、老親の介護と犬猫の世話に追われて生活に囚われ、ごく狭い小さい世界で四苦八苦している者としてはただただ感心するとともに憧れであった。
彼の素晴らしい点は、最初は好きで気軽に始めたことが、続けているうちにやがて実を結び、「本」としてカタチになっていくことだろう。好奇心と行動力の固まりであるトロさんの周りには常にユニークな仲間たちが集い、そこからまた新たな“面白いこと”が始まっていく。「本の町」の構想もそんな友人たちとの雑談の中から生まれてそしてこの夏早くも一軒だけだが開店してしまった。9月22日のトーク会では、新刊の舞台裏から自然、話の流れはその「本の町」へと向かっていた。
英国の片田舎に、「ヘイ・オン・ワイ」という“古書の町”が実在することは古本好きには広く知られている。都心からかなり離れた小さな田舎町に、なぜか何十件も古書店が集まり、古本好きは訪れては自然の中でゆっくりと滞在型の古書三昧の休日を過ごすらしい。
トロさんは、先年航空会社の機内誌の取材でその町を訪れ、そこの“王様”とも会いすっかり魅せられ、日本でもこんな町ができないかと考え始めた。そして仲間たちと適した場所を探し回り、ひょんなことからまずは試験的に長野県伊那市、桜で有名な高遠に古民家を借りて「本の家」が誕生したのである。
そうした経緯は、日々届く彼のメルマガでだいたい知ってはいたのだが、今回、その英国の本の町も高遠の店も実物の画像を見ることができ、それが何よりも収穫であった。また、これまでは正直なところ、そんな地方や田舎に「本の町」を作ったって、果たして客が来るのか、採算が成り立つのかやや懐疑的に見ていたのだが、開店二ヶ月での好調ぶりを聞いて、地域の活性化、文化の伝播者としての古本屋の役割もあることに思い至り、目から鱗的に、大変考えを改めさせられた。
先に「ものとしての本に未来はあるのか、リサイクルとして古書は流通していくのか」と書いたが、その直接の答えにはならないが、北尾氏らの活動は、古本を売ることの一つの可能性、模索の一つとして高く評価できると帰り道あれこれ考えながら家路を辿った。そして時間をやりくりして近いうちその高遠の本の家を訪れようと思いを馳せた。
★ヘイ・オン・ワイについては、晶文社より「古書の聖地」という本が出てそこに詳しく書かれています。
英国はウェールズの小さな田舎町ヘイ・オン・ワイ。住民1500人。古本屋40軒。数百万冊の本で埋めつくされた「愛書家の聖地」。古書マニアで、自ら第一作を書き上げたばかりのアメリカの若い作家が、サンフランシスコを離れ、妻と一歳半の息子とともにこの地に移り住んだ。ほこりまみれの書棚で珠玉の奇書を見つける至福。史上初めて古書で町を再生させた「本の国の王様」リチャード・ブースの素顔。古城を中心に築百年以上の建物しかない不思議な石造りの町並み…。本っていったい何だろう。読者の手を放れたあともなお生きつづける本とは?世界中から愉快な人々が集う古書の楽園での日々をユーモアたっぷりに綴る。――「ブック」データベースより転載。