男オバサン奮闘中
増坊は、男オバサンでもあるので、自分で言うのも何だが、料理や買い物はお手のものだ。決して好きなわけではないが、わが家で、老親たちはほとんど役立たずとなってしまった現在、いやでも担当せざるえないのである。
買い物も犬の散歩の途中とか、時には晩飯の後だって、半額のシールが貼られる頃を見計らって、わざわざ買い出しに行くこともままある。食費を預かる身としては、1円でも安く上げたいと常日頃、スーパーのチラシもこまめに眺めては腐心している。今は物価が安いので、工夫さえすれば一日の食費は一家でも千円以下で収めることすら可能だと思える。贅沢言ったらきりがないのだ。
それはともかく、料理担当の者として、三食ごとのおかずを考えたり、作ったりするのはそれほど苦ではない。今ではイヤでもやらざる得なくなってしまったが、考えてみると、親が二人とも共稼ぎで、特に母親が家にほとんどいなかったので、小学生の時から天ぷらだって揚げていた。幼い妹と二人である。だから、誰からも習ったことも教わったこともないが、工夫と試行錯誤しながら自ら見よう見まねで、自分の食べたい料理を作ってきた。おそらく今どきの女の子よりメニューの数は多いだろうし、自分では美味しく作れると思っている。
まあ、基本はキャンプ料理の延長のような男の手料理だから見栄えも良くないし、いっぺんに沢山作って何回にも分けて食べることが多い。味も濃いかもしれない。それでも親の作る料理、特に母親の手料理に比べれば遙かに美味しいはずだと自負している。男とか女とかは関係ない。この世の中には確かに向き不向きがある。母は女学校を出てからすぐ働きに出て、長女だったので下の弟妹たちを彼女の稼ぎで養ってきた。だから、料理はきちんと習ったことも真剣に担当したこともない人なのだ。でもそれは言い訳に過ぎず、そもそもがやる気と才能が全然ない。だからものすごく下手くそで喰えたものでなく、耐えきれずに必然的に増坊は料理をやるようになったというわけだ。
おいしいものを食べたければ自ら工夫して作るしかない。自給自足、人任せにしない。これがわが家のルールだった。こうして今に至り、増坊はせっせと男の手料理を作って親たちに食べさせているのだが、お知らせしたように、親父が全然食べなくなってしまい、作っても残り物が増えるばかりで張り合いがないというか、結局片付けるのは母と自分だけで、作る側だってうんざりしているというこのところの現状なのである。