6月のうた
このところ毎日雨もよいの、鬱陶しい天候が続く。梅雨時だから仕方ないのだが、今の季節、6月になると毎年思いだして、いつも頭の中に流れる歌がある。荒井由実、現・松任谷由実の、初期の名曲『雨のステーション」。増坊の好きなバージョンは、彼女自身のではなく、ハイ・ファイ・セットが歌ってるやつで、良い曲は秀れたボーカルによってさらに何倍も引き立つと、『中央フリーウェイ』を聴いてもいつも思う。もし、6月のうた、という毎月ごとの歌を決めるとするならば、文句なくこの曲は、この梅雨時、6月のけだるい風景を、詞も曲もビビットに実にうまく描いて秀逸この上ない。現在の松任谷由実には何の思いもわかないが、若い頃の彼女はまさに天才だったと思う。
さて、その曲、雨のステーションの舞台になった駅だが、昔、勤め人をして都心に通っていた頃、電車の中から雨に煙る街並みを眺めては、きっとこの駅かもしれないと何となく思っていたのは、中央線阿佐ヶ谷とか、荻窪、高円寺など、吉祥寺よりも都心よりの、ちょっとハイソな街並みを持つ沿線だった。あの歌の洗練された雰囲気を持つ駅だから絶対都心部だと思っていた。ところが数年前のこと、新聞の三面記事で、JR青梅線の西立川駅がそのモデルなのだと知ったときの驚き、まさに青天の霹靂だった。増坊の近所の、東京のローカル線青梅線の駅!?しかも青梅線の中でももっともパッとしない冴えない小駅である。今は、国営昭和記念公園への連絡下車駅として、かなり知られるようになったし、駅名もそれに倣って変わるとか聞いた気がするが、ともかく、自分がこれまで何十年も何千回もいつも都心の行き帰りには素通りしていた西立川駅がその、憧れの『雨のステーション』だったのだ。
新聞記事は、駅前だか、公園の中だかに、この曲のモデルとなった駅であることを記念するモニュメントが建ったことを報じており、作曲者ユーミン当人も訪れてテープカットなどをしたらしい。
考えてみると、ユーミン自身が、八王子の呉服屋の娘だし、大学も多摩地区だったし、若い頃は、16号線沿いの横田のピザハウスによく足を運んでいたと聞くし、この辺、多摩の人だったのだから別に驚くに当たらないはずだった。西立川には昔は米軍ハウスが密集していたし、かつては横文字の看板を掲げた店もあったおしゃれな町だった。彼女も遊びに良く来たのだろう。しかし、立川基地返還とともにしだいに寂れて、彼女がこの曲を作る頃だってローカル線の鄙びた一小駅だったに違いない。しかし、天才のペンにかかると、そんなあか抜けない、田舎駅でもあんなに洗練された曲の舞台となってしまう。この事実を知って改めて感嘆し、ますますこの曲が好きになった。
今、JRでは、電車の出発を知らせるメロディーを、各駅ごとに、それぞれその駅に関係ある音楽で鳴らしている。赤塚不二夫記念館のある青梅駅では、「秘密のアッコちゃん」の一節だし、ここ西立川駅はそんなわけで、「雨のステーション」の一部分だ。でも知らない人は、どうしてこの昭和記念公園の駅で、このメロディーが流れるのか不思議だろうし、第一短かすぎて何の曲なのかもわからない人も多いのではないか。増坊は由来を知っているが、この駅を通るたびちょっと複雑な気分にいつもなる。
★昔からパッとしない小駅だったが、現在更にどーしようもなくなっている。駐輪場のオヤジも最低だった。