増坊の個人的本との出会い・3
前回書いたように、南 洋一郎訳の“超訳”ルパンシリーズの虜になったのが、増坊の本格的本との出会いであった。が、この叢書、何冊あるのか忘れたが古本屋を漁ってやがてほぼ大体集めてしまった。さて、では次に何に夢中になったかというと、名探偵ホームズ、ではなく、江戸川乱歩の「少年探偵団」シリーズだった。
これも確かポプラ社からハードカバーの単行本として何十冊も出ていた明智小五郎の、と言うよりも小林少年たちの少年探偵団の活躍を全面に出した子供向け活劇読み物で、今もオシャレな装丁となって版を重ねているが、当時は『江戸川乱歩全集』とめうっていたと思う。先のルパンよりもコチラの方が子供たちに大人気で、たいがい学校図書館にも揃っていたからご存知の方も多いはずだ。
『少年探偵団』『怪人二十面相』『魔法博士』『透明怪人』『怪奇四十面相』『青銅の魔人』…などなど、二十面相が手を変え品を変え、怪人や怪物に変装し、帝都を震撼させる不気味な怪事件を起こす。最初にその謎の“怪人”に出会うのは小林少年ら探偵団の子供たちで、結局最後は明智先生の活躍により怪人騒ぎは実は二十面相の仕業だと正体が暴かれてたいがい気球などで逃走してしまい事件は解決?する。
今思い出すとまさに子供だまし、ナンセンス以前に陳腐である。ストーリーはどれも大同小異だし乱歩にはもっと優れた作品もあるのに、このシリーズでは謎は出てきても推理小説と呼べるほどのヒネリもトリックも何もない。二十面相はただ子供達を驚かせ怖がらすことのみに生きがいを感じているパフォーマーでしかないし明智小五郎もそれを知った上でおつき合いしている、いわば談合芝居である。それでも自分も含めて子供達が夢中になってハラハラドキドキしながら次々とシリーズを読みふけったのは、一つに乱歩の語り口のうまさがある。毎回起こる荒唐無稽な怪事件を読み手である子供にまさに語るようにやさしく、「いったいどうしたことでしょう、~ではありませんか」、というような文体は当時でさえアナクロだったはずだがひどく新鮮に感じられた。
考えてみると乱歩先生が今日でもかつて子供であった大人に広く人気があり、その名と共に甘酸っぱいような郷愁を覚えるのは、ひとえにこの子供向け“二十面相”シリーズを残したからだ。雑誌「新青年」などに『二銭銅貨』などを発表した本格推理の旗手であったからでも『屋根裏の散歩者』や『人間椅子』などの“変態”小説を著した奇人でも、我が国の探偵小説界に君臨した大御所だからでもない。二十面相という怪人と闘う少年探偵団という、まさに手に汗握る児童読み物を子供たちのために書いてくれた功績によるのだと思う。
今の子供たちや最近の大人たちにとって乱歩は、特にこの子供向けシリーズは読まれているのか知らない。ただ、ある一定の世代の人々にとっては、この乱歩の少年探偵団ものは誰もがいっときは夢中になった、その人の成長に大きく関わった、忘れようとしても忘れること出来ない読み物なのである。
★池袋の江戸川乱歩こと平井邸全景。2004年8月撮影。現在は、隣接する立教大学に書庫である蔵も含めて敷地ごと移譲され管理されている。