2011年祝・春一番 報告記・②
説明責任は果たします。
自分の穴を掘っていく
何故にコンサートを企画するに至ったか・後
連絡事項などなど
ようやく季節は変わり秋へと動いていく。
東洋館楽日のバロンにはエノケンが宿った。
お詫びと現況報告
ようやく一段落、小休止
バロンのCD完成記念 レコ発ライブのお知らせ
追記 もしこんなブログにも継続的にお読み頂いている読者の方々がいるとするならば、今回の決断に至った経緯と理由はきちんとお知らせする義務があると考えました。一方的に突然終了を告知するだけではあまりに無責任すぎます。
10月11日のコンサートがともかく終わりましたら、このブログ上で何故にブログ終了に至ったのかきちんと説明責任は果たします。宜しかったらお読み下さい。またそのとき今後のことについてもお知らせいたします。
冷たい雨が降り続く。
気持ちが沈まないと言えば嘘になる。
亀は甲羅に似せた穴を掘るならば、自分もまた自分の穴を掘っている。
しかし、その穴だけではしょせん自分しか入れない。
今やろうとしていることは、もっと多くの人とともに同じ夢をみることだ。
ならば無理してでもその穴を広げていく。
沢山の人が入れるようにと。
広く広く一生懸命拡げている。
しかし、しょせん一人でがんばっても限界がある。
本当にすべきことは、広くではなく深くなのかもしれない。
自分の穴は横にではなく、より深く掘り下げるべき。
わかってはいてもともかく今はひたすら横に広げていく。
甲羅に似せた穴しか掘れないことはわかっていても。
今一度、音楽の力、うたの力を信じたい。 どんな芸術も人を癒し楽しませ励まし勇気づけてくれるもののはずだ。そしてそれは主食の食べものとビタミン類のような関係にある。白米は美味しくてもそれだけでは人は脚気になってしまう。人の心も意識せずとてビタミンを必要としている。
そしてもう一つ芸術の特性は時代を映す鏡だということだ。もちろん、絵画や彫刻のように時を越えて不変の価値を持つ作品は存在するし、クラシック音楽のように今聴いても十分素晴らしい人を感動させる時代を問わない芸術も多々ある。
芸術にどれが上だとか下位だとかのランクや優劣はないと考えるが、いつしか古典として歴史に残っていくものと、そうではない、あくまでも今日的、現代的なものがあるのは事実だ。考えてみると、古典として残っているものは、基本的に大衆の外にあるように思える。つまりルネッサンス期にも当時の民衆たちの大衆芸能的なものはあったはずだが、今残るのは、絵画ならルーヴルにあるような王侯貴族がパトロンとなって生まれた古典的名作だというように。
それはそれで素晴らしいもので人類の遺産だと考えるが、自分にとって感心のあるのは、今の芸術、特にかつてよく言われたようにカウンターカルチャーである。その定義は難しいが、考えるに消費社会の中で大衆の中から生まれた芸術だと考える。そこには当然のこと必然性がある。その必然性はときどきの時代、世相と密接に結びついている。
と、ここまで書いたら朝から降り続いていた冷たい雨は激しさを増し、おまけに雷も鳴りだしてパソコンの電源を切らざるえなくなった。続きはまた別に改めて書く。
昨日の真夏日から季節は晩秋に一気に一日で進んでしまった。親父じゃなくても寒くて風邪ひきそうだ。幸いその老父は今日のところは小康を取り戻している。それにしても暑いのも辛いが寒いのも何か心もとなく辛い。
この世の全ては音楽でつながっている 近況など、直近の連絡情報をいくつか手短に。
●まず書きかけだった本章の前回分を書き足しました。お手数ですが、関心お持ちの方は9月10日付けの拙ブログを読んでください。
●バロンは、ジョーダンを引きつれ北海道ツアーに昨晩から出かけてしまいました。公演の疲れは取れたのか。30代前半、若さって素晴らしいと思う。果たして自分もその頃そんなに体力あったかな。
●急な話ですが、今月20日(敬老の日)に、両国フォークロアセンターで、木馬亭での40周年記念コンサートのテーマ曲を唄う
太田三造のミニライブを行います。他にゲストミュージシャンも予定しています。今回は投げ銭形式で行いたいと考えています。夕方6時頃からライブはダラダラやっています。その後は懇親会を予定しています。ぜひお気軽にご参加ください。
●別な急な話ですが、今月28日(火)に西荻の「のみ亭」で、京都の詩人
有馬敲氏を招いて、
岡大介のセカンドアルバム「かんからそんぐ2」の発売記念ライブが8時よりあります。有馬さんは自作詩の朗読を行います。狭い会場ですが、増坊も顔出しますのでぜひ多数のご参加をお待ちしております。詳しいことは岡当人に訊ねるのが早いですが、拙ブログでもまたお知らせします。
●建築中の増坊家の状況ですが、ようやく本日二階の部屋にも木窓が入り、これで外装は、一階表の玄関先を残すだけとなりました。まだまだ完成までは時間がかかりそうですが、晩秋には何とか完成披露できるかと思います。後ほど画像もアップさせる予定です。
●今春、世界一周旅行に出かけた若き親友が当初の予定を切り上げて一昨日無事?帰国しました。17日の夜、高円寺で会って久闊を叙す予定です。ともかく良かった。嬉しいです。
うまく説明できないけれどようやくモノゴトが良い方向に動き出し行くような予感がしています。
新しい季節、気持ち新たに 涼しいせいか久々に深く眠れた。ようやく終わりが見えなかった異常な猛暑、エンドレスサマーは終わりを告げたように思える。昨日から大陸からの乾いた高気圧が入ってきたところに、夜になったら一時期的に驟雨があり、かなり降った。今朝などは毛布だけでは寒いほどであった。季節はようやく動き始めた。ほっと一息ついた。
バロンたちの公演、自分は何もせずに受付でCDを売る以外は、舞台を立ち見で観ていただけなのに、浅草までの行き通いと毎晩打ち上げで呑んで騒いでいただけで何故か疲れが溜まっていた。もちろん、家を出るまでチラシの発送作業などに連日追われていたこともある。今ようやく落ちついてこの1,2週間を振り返ってみると、一種の熱に浮かされたような、パニック障害的状態にあったと気がつく。
宣伝や連絡に常に時間に終われ慌てふためいていたので、いくつか失敗もしたし、対人関係で今も後々後悔しているところもある。皆にも迷惑をかけた。しかしそうしたことで鬱々としてはいられない。失態と顰蹙の雑音は常に入ってくるが、全てのことは10.11の木馬亭が終わってからゆっくり考え対応していきたいと思う。今は時間がともかくない。ご忠告は有難いが正直気が回らない。とにもかくにもフォークロアセンター40周年記念コンサートを成功させてからだ。
大事なことは結果もだが自分がどこまで必死にこれに関われたかということだと思う。のちのち悔やむことがないよう、ともかく出来ることはすべてやっていく。人事を尽くして天命を待つ、ということだ。その結果が思い通りのものにならなくても全力を尽くしたならばそれは仕方ないし、全ては何か見えないものの意思、自然なことであろう。さすればどんなことでも受け入れらるし何も迷いも悔いもないはずだ。当日まで一ヶ月を切ったがどこまで達成できるかだ。またパニックを起こさないよう無理はせずに懸命に地道にがんばりたいと今思う。
季節が動いていくように、全てが良い方向に動いていくよう動きながら祈るだけだ。今は天国にいる、音楽の神々の一員となったであろう、高田渡や清志郎、それに藤村直樹氏らのことを思い浮かべながらこれを記す。
とりあえずこれで一つ終わった。
また神田発11時39分の青梅行き最終各駅電車で帰ってきた。このところほほぼ連日である。
しかし、これに乗れるか乗れないかは、今の自分にとって一大事であり、乗り過ごすと立川から一時間半近くかけて徒歩で帰ることとなる。毎回常にぎりぎりで、薄氷を踏む思いで浅草に通っていた。
バロンと世界一周楽団の6日間にわたる公演が今日でようやく終わった。今晩楽日の打ち上げでバロンの顔を明るいところでまじまじ見たらげっそり頬がこけていて驚かされた。そういう自分もこのところ多忙と疲労、睡眠不足で、鏡の顔はやつれ疲れている。たぶん体重も落ちていると思う。ともかく無事にこの公演が成功のうちに終わったので当事者でなくとも今ほっとしている。ようやくまた一つ懸案のことが終わった。CDもばらつきはあったがまあまあ売れたからそれも良かった。
ほぼ連日浅草に通い、公演がはねた後に皆でかなり呑んで、それでも遠方を理由に一人先に席を立ち、11時過ぎ、足早に人気の少なくなった仲見世を地下鉄浅草駅へと向かう。そして20分頃の銀座線に乗り神田で降り、JR神田駅の中央線ホームに上がると常に電光掲示板の表示は最終の青梅行きが来るところである。
10日の日は、その電車がホームに入ってきたところで駆け足で運良く乗れた。危機一髪であった。6日間の公演のうち、4日通い、一日も電車を乗り過ごすことはなかったのは自分としては上出来である。いつもなら大抵うっかり呑みすぎて、中央線には何とか乗れたとしても立川に着いても青梅線のホームは真っ暗ということが何度もあった。神はまだ見捨てていない。
バロンの公演今日も素晴らしかった。そしてつくづくみんな芸達者だと呆れるほど感心させられた。普段は大人しく常に控えめな人たちがどうして舞台に立つと臆面もなくあそこまで演ってしまうのか素人目には不思議でならない。やはり東洋館の舞台には何か幾多の芸人の怨霊、いや良い魂、芸の神だか妖怪だかが憑いていて、それが彼らに宿ったとしか思えない。そして中でもバロンに憑いたのはあの榎本健一であった。今晩のバロンは、誰かどこかで観た芸人のようだと思えていたが、記憶をたどりふと気がついた。懐かしやエノケンである。
へへっとしたたかに笑うしぐさや、どんなトラブルにも動じず軽妙に軽口でかわす対応の仕方、そして常に動き回っても崩れないそのリズム感にスピード感、これはエノケンそのものだと思った。
普段の、実生活のバロンは、かなり鈍重というか、トンチンカンが目立ち、失礼だが気の利いたところはほとんどなく、付き合うのに面倒なタイプといってもよいのだが、舞台の上の彼となると、どんなことにも動じず、そのときどきうまく軽口をたたき臨機応変、軽妙洒脱に場を収め笑いをとっていく。それには本当に感心させられる。まさに天性の芸人であろう。芸人は舞台で輝けば、それだけですべて赦されるのである。
今回の公演、ぜひ見てもらいたく、何人か友人知人に働きかけた。それだけの内容はあったと思う。来られた方は皆満足されたに違いない。通っただけでもう疲れが溜まりへとへとであるが、自分も満足感、達成感がある。心配していた客の入りも日を追うごとに増えていった。それはリピーターもかなりいたし、来た人の口コミで動員が増していったと思える。良いものは必ず評価されるのだ。そのことを確認できた。ともかく大盛況のうちに終わって本当に良かった。
さあ、次は10.11木馬亭、フォークロアセンター40周年記念ライブである。気持ちを新たにした。
ぶっちゃけ正直に書くと それにしても暑い。9月に入っても猛暑は止まるところを知らない。日中の強い日差しは相変わらずだし、夜になってもちっとも涼しくならない。そんな最中、毎日滝のような汗を流しながらあちこち出歩いて、もう疲れと夏バテでフラフラで足腰立たない。生来体力なしのヘタレな自分だけれど必死に何とか生きている。
このブログ更新も含めて、連絡と状況報告が遅れて本当に申し訳ない。暑さでパソコンの調子がおかしいこともあったが、落ち着いてブログを書くことすら出来なかった。やらなくてはならないことはわかっていても、時間がともかくなく、暑さでぼーとした頭で、目先のことをまず終わらせるだけで一日が終わり、倒れこむように寝てはまた次の日が始まる。すべてが後手後手で、時間だけが過ぎていく。いろんな方々に迷惑をかけている。理由にはならないがこの場でまずはお詫びしたい。本当に申し訳ない。ともかく忙しすぎる。
言い訳ではなく、どうしてそうなったか。説明すると、ともかく今ほぼ全てのことをこのマスダ一人でやっている。チラシの発送やミュージシャンとの連絡、関係者、スタッフへの連絡と報告、チラシの受け渡しのための外出。それにチケットの製作や発送、窓口サイトの管理と確認、PAの手配やらコンサート自体の準備。さらにそれとは別に、バロンのCDの件でも発送や運んだり流通の人と会ったり、彼らのライブに出向いては手売りする用事も入る。またその他に家の工事関連の用件も作業もあるし古本家業のほうでの注文発送もある。また、そんなで連日出かけてばかりいたら、家の犬たちの機嫌が悪く、ストレスが溜まりこの猛暑もあって気が立っていたのか、先日は一番若い雄犬が散歩の後に小屋の前で老母の右腕に噛みつくという事件もあった。
幸い、縫ったり手術するほどの事態にはならなかったが、かなり出血しその後腫れて、今も利き腕の右手は使えないので、代わりに料理を作ったり、出前を頼んだり、弁当を買ってきたりしないとならなくて、余計な用事も増えた。何回か病院にも付いていっている。今日の午前も。
そんなこんなでメマイするどころか、本当にふらつきながら、母を乗せ車の運転しているときなどこれで事故起こしたら全てオシマイだと覚悟しながら、不安な気持ちでともかく何とか日々こなしている。自分でもよくこれで生きていると思う。気力だけで持っている。もう全てを投げ出して、どこかへ旅したいとか、家にこもり思う存分誰にも会わずに眠りたいと夢想するが、ともかく10月11日の木馬亭でのフォークロアセンター40周年記念コンサートが終わるまでは、この地獄は終わらない。
今自分が倒れたら、すべてがダメになってしまう。情けないことだが、こんなマスダが必死の覚悟で死にもの狂いでやらないことには、全てが動いていかない。だったら本来そんなことはやるべきではないという声もあろう。そもそもが無理だったんだと。でももう動き出している。今さら大変だからといってここで止めることもやめることもできやしない。そもそもこれは自分がやりたかったことであるし、自分の「夢」なのだ。だから隅田川フェスに続いて大変なのは覚悟の上だった。しかし、正直に今告白すると、これほど大変で苦しい思いするとは想定外であった。それはこの猛暑も含めての話だ。はっきり言って自分の体があとどこまで持つのか自信が今はない。
そんなこんなで、連絡も含めてやるべきことは山積みで、わかってはいても対応が遅れている。向こうから問い合わせや怒りを含んだ連絡があって、ようやく慌てて返答しているという次第。忙しくて・・という言い訳したとしてもこの世は誰もがそれぞれ忙しく大変なのだから、それはわかってもらえるとも理解してもらえるとも思わない。しかし、本当に死ぬほど忙しい。いったいいつまでこれが続くのか。今春自転車で転んで痛めた右膝がずきずき痛む。連日長時間冷えた電車に乗っているからだ。痛くて歩くのもやっとでも連日チラシやCDの入った重い荷物を下げて都心に出ないとならない。
そして、告白ついでに言うと、そんな忙しくても「成果」があり、反響も含めて、やっていることのレスポンスがあればきっとそれは辛くても辛いとか大変だとか疲れさえ感じないだろう。情けないのは、まだチケットがほとんど動かず、焦ってはいないがコンサートの手ごたえがないことだ。だから不安もあるし宣伝に必死になる。バロンのCDさえ友人知人、関係者たちに贈呈しても、届いたことの返事があれば良いほうで、ほとんどは何も返ってこない。せめて感想なりご意見ぐらい返してくれても良いと思うのだが。それは淋しく情けない。まあ、そんな自分だって、忙しさにかまけて、返すべき連絡、返事さえしていないただから、たぶん皆それぞれ忙しいのと、この異常な猛暑で頭がボーとしてしまい、落ち着いて冷静に何かを考えたり返事することすらできないのだと思う。仕方ないのか。
そうした最中、確かなことは、一日一日時間だけは過ぎていく。間もなく、コンサートまで一ヶ月を切る。反応がないのは、チラシが出来上がるのが遅かったこともある。また自らの失態から不要なトラブルを仕出かし、その対応にも時間をとられた。全て過ぎたことをとやかく考えいっても仕方ない。まだ絶望はしていない。もし、自分のやっていることが正しいならば、音楽の神様はきっと味方してくれると信じる。結果は後からついてくる。
忙しくて行けなかったが、9/4日の岡大介の浅草木馬亭、ワンマンライブは満席となったとのことだ。友人としてそれを聞いてほっと胸を撫で下ろした。先日会ったときやはりチケットが売れていないとのことだったから。今回は何一つ手伝えなかったが、音楽の神=ミュズはやはり彼に味方してくれた。願わくば自分にもその加護を。
しかし、それは全て必死でやるべきことをなし終えてからの話しだ。結果はやがて出る。頑張るしかない。こんな素晴らしいメンツを集めて客が入らなければ、俺はもう音楽の神を信ずることが出来なくなってしまうではないか。芸能と音楽の神様、その存在を今一度愚かな私に示してください。この命続く限り頑張りますから。
生涯最多忙の一週間を終えて 今日も立川発五日市行き最終で何とか無事に帰ってこれた。自分でも50過ぎてまだこれだけ体力あることに感心もする。しかしもう心身共に萎え気力体力共に限界だ。
先週のREMY馬場さんのフォークロアセンターライブの前に、二日連続して小田急線鶴間の菩南座と横浜野毛のグッピーに行き、今週も月曜にバロンのCDが完成、箱で到着してその手配や発送、受け渡しの合間に、ライブ会場に出向いて手売りしたりとほぼ連日出かける用事あった。しかも母親の体調がまた悪く、家事も山積みのところに、面倒な問題難題も自らの迂闊な判断ミスから起こしてしまいその処理に追われて、本当に寝る時間さえなかった。
今晩の村上律・外山誠二ジョイントライブが終わって今ほっとしている。自分にとって今年一番の良いライブであった。企画した者として至福の醍醐味を味わった。しかし終わって懇親会の途中からもう車で言うところのガス欠状態、人間としてのメーターの針はエンプティになってしまい、もう帰り道から意識も朦朧であった。途中で死なないで帰ってこれて良かった。
今週は家の工事のほうもお盆あけて大工がどっと来て、早朝から騒がしくその応対や細かい指示も出さねばならないし、バロンのCDの販売と管理の用件、そして浅草木馬亭でのセンター40周年コンサートの準備や手配、窓口受付、しかもそこにセンターでの二週連続ライブと自分でもいったい非力な老体一つで何やっているのかと思う。それもこれも全て自分のまいた種で、仕方ないのに、その超多忙な最中にまたトラブルでさらに時間を奪われていく。そしてずっと後悔の念は、心の奥底に澱のように残って消えることはない。
忙しいということは、文字どおり心を亡すことだとつくづく思う。世に不眠症という病気があることは知っていたがまさか自分もそんなふうになるとは思わなかった。
遅く帰ってメールの返信などパソコンであれこれ溜まった用事を片づけているとすぐ午前3時頃になってしまう。それからさあ、寝ようとしてもこのところの暑さもあってなかなか寝付けない。外が白み出した頃ようやくうとうとするとすぐに大工がやってきてトンカン金槌の音がしだし、朝陽も照りつけ寝てもいられない。
たまに涼しい日があっても、ベッドに入ってもあれこれ考えてしまい気が昂ぶってなかなかすぐに眠れない。寝たかと思うと普通に眠りが続かず2時間もしないで起きてしまう。
毎日3時間も寝ていない日が続くと、頭はぼーとして鈍く痛く、体はだるく鉛のように重くなる。そして憂鬱にとらわれていく。すると死は身近になってくる。大した理由もなくビルから飛び降り自殺した伊丹十三のことが頭に浮かぶ。
イライラして些細なことで切れたりもするし、もう全てが面倒になってそれが過労死かどうかわからないが駅のホームでは、このまま電車に飛び込むことに何も躊躇いもなくなっていく。人は忙しさに疲れ心身ともにすり減らすと冷静な判断など出来なくなり突発的にふらっと死んだりするものだと思った。
まあ、明日から何日かは、出かける約束もまだないし、溜まった洗濯や掃除をしたり、CDを発送したりと家にいられる。何か区切りが付いたわけでもないが一段落であり小休止できる。家にいたら家でやるべき用事もあるが、出かけず人と会わないだけ楽だ。
モノゴトが良い方向に向かっているのかはわからない。またもや失敗と破滅に向かっているのかもしれない。しかし、家にこもってじっとしていてもその破滅は近づいてくる。ならばその破滅を受け入れよう。大変さと面倒さを味わいたい。今まではその余裕さえなかった。そしてそこから少しでも活路と光明を見出したい。全てはここから、まず今ここからだ。
これはグチである。しかし、これさえ書くことを禁じられたら俺はもう生きていけない。読んでくれなんて言わない。読まないでくれなくていい。ただ書かせてくれだ。
8月21日千歳烏山でレコ発ライブをやります! バロン
8月21日(土)バロンと世界一周楽団
CD発売記念ライブ
富士見堂レコード バロンと世界一周楽団の1stオリジナルアルバム 「いつかどこかで見た空だ」をこの日に発売開始します。
場所:千歳烏山TUBO http://www.geocities.jp/tubo_kuma/
時間:19時開場 19時30分開演
出演 バロンと世界一周楽団
ゲスト 寺尾紗穂、外山誠二
チャージ2500円(ドリンク付)
TUBO(つぼ)
〒157-0062
東京都世田谷区南烏山6-8-7楽多ビル2F
TEL/FAX:03-5313-8151
営業時間
18:00~24:00/ 月曜・祭日休業