自立した老後とグループホーム
一人暮らしの問題、課題とは“老後”を迎える以前に、いかに一人でもやっていけるか、自立しているかということに尽きよう。長く一人で暮らしていてもその実態はかなり無理があり、実際はメチャクチャという人も男には多いのではないか。
ちょっと年上の友人で、60歳ぐらいの男が近くにいるのだが、彼を見る限り、その生活はずいぶん荒んでいる。中でも食生活にはかなり無理がある。
朝は食べずに缶コーヒーぐらいは飲みながら仕事に行き、昼食は中華の定食類かラーメンなど麺類で、晩は行きつけの近所の小料理屋かスナックで、ママさんにお任せで出されたその日の肴を食べ呑んで帰ってすぐに寝てしまう。盆と正月休み以外はほとんどこの繰り返しで、家ではまず自分では料理など作らない。これではかなり栄養的に偏っているから当然血圧も高く糖尿気味だ。日本の独身男性の多くがこうした傾向があるのではないか。
女性だと似たようなものでもやはり晩は呑みに行くことは少なく、仕事帰りにコンピニで弁当やサラダを買い、部屋でテレビでも見ながら食べるのだろう。
だが、こんな食生活では長生きなどできないことは言うまでもない。増坊の後輩も言っていたが、一人だとどうしても飯など面倒で作らず、外食やコンピニ弁当ばかりとなってしまうのだ。そうした市販の食材には添加物が多く用いられているから若いときからそればかり食べてきた人の老後は果たしてどうなってしまうのか。病気の問屋となってもおかしくない。
これは決して他人事ではなく、増坊だってこのところ年老いてきたせいか、晩飯を作るのがめんどくさい時が多く、そんなときつい近所のスーパーへ行っては閉店間際の値引きされた弁当やおかずを買ってきてそれで済ませてしまうことが多々ある。体に悪いとはわかっていても安いしつい楽したいからだ。まったく堕落である。
やがて来る、自分の一人暮らしの老後を思うとき、一人で暮らすのならばこんな一軒屋はでかすぎて維持が難しいし、数部屋だけの都営住宅のようなもので十分だと考えている。庭などがあると植木などの手入れが四季に応じてともかく大変なのである。雪が降れば道は雪掻きもしないとならないし、そうしたテマは老人にはとてもできやしない。
思うのだが、この国は今や急激に高齢化に向かい、しかも単身者の老人が増加していくことは間違いないわけで、社会全体として彼ら=我々をどう抱えていくかを考えると、各自が個別にバラバラに暮らしていくよりもいやでもどこか一箇所の共同住宅か施設にまとめて入れてしまうしかないように思える。
個人的にはまっぴら御免だと思うものの、老いて身動きがとれなくなればイヤでもどこかに収容されてしまうだろう。何しろ身よりは甥っ子ぐらいしかいないのだ。
それがイヤだからこそこのところ漠然と考えているのは、独身老人たちが男女一堂に集まってのグループホームのような共同住まいである。各自個室は与えられるが、そこでは食事は共同もしくは得意な人が分担して交互に作る。掃除や洗濯も好きな人がやればよい。そうした共同生活なら孤独ではないし呆けることも少ないのではないか。
この話を同世代の友人たちに話したら、映画「メゾン・ド・ヒミコ」みたいだね、とか、それってヒッピーが昔やってたコミューンの老人版だね、と言われたりあまり評判は良くないのである。自分ではそれしか対案はないと信じているのだが。
しかし、ともかく自分にも間もなくやってくる独身者の老後については今から真剣に考えていかねばならないだろう。今のままではとても一人では淋しくて生きていけないのだから。