津市河芸という町の海辺のユニークなライブハウス「ええかげん」
旅の楽しみというか、価値とは非日常の経験に他ならない。このところのように多いときは年に2回も関西方面、京都や大阪に行くようになると、それはもはや旅ではなく、気分転換を兼ねた目的ある移動となってしまい、またここへ戻ってきたという喜びはあるものの、かつては最初の頃感じたような不安と期待からくるドキドキ感はなくなって少し残念な気持ちとなる。
今回の二日間だけの小旅行の目的地、三重県津市にある河芸(かわげ)という町は、おそらく間違いなく大阪で友人ガスリーと出会い、彼から誘われることなくば、生涯訪れることもその名すら知らなかったであろう。そしてその眠ったような海辺の町の海岸にある、元はサンマなど魚の加工場であったという不思議な倉庫を利用したライブハウスの存在はミュージシャンにでもなってツアーに出ない限りは関係は皆無のはずだ。今旅から戻ってこれを記しながら、そのユニークで素敵な建物と地元の素晴らしいミュージシャンたちとの出会いを振り返るとき、人生の縁の不思議さと素晴らしさをもたらせてくれたもの、それは神なのかわからないが――、に深く感謝せねばならないと思う。
新宿を前夜の11時半過ぎに出た高速夜行バスは、途中2回のSAでのトイレ休憩に停まったものの朝の5時には名古屋駅太閤口に着いてしまった。
名古屋はもう二十年以上前に付き合っていた恋人と遊びに来て以来で、もう全く記憶もなく、もはや初めてきた町という感じがしたが、目的はここではなく、名古屋から私鉄で津方面に向かい、途中の小駅「とよつうえの」で降り、この日フォーク・キャンプが開催されるライブハウスに向かわねばならない。名古屋駅前の食堂のようなところで朝飯でも食べたいと思ったが、まだどこも開いてなく、24時間営業のマクドナルドがあったので、少し休んでパンとか齧ってともかく会場のある町に行くことにした。ライブの開演は昼からだったが、初めての土地で場所も全くわからないのだから早く行くにこしたことがない。移動のバスの中では冷房が効きすぎていてほとんど眠れなかったから早く着いたらば海岸の松の木の下で波の音を聴きながら開演までうとうとしていればと思い、7時前の近鉄名古屋線の急行に乗った。
途中で各駅停車に乗り換えて、ライブハウスのある河芸町の駅に8時頃着いた。日曜の朝なので、降りたのは自分一人で、無人駅かとおもような小さな駅舎だった。
一応ターミナルのような広場になっているものの、誰一人いなくて、瓦の乗っかったどっしりとした木造の家々は立ち並んでいるものの人けは全くなく、ただセミの鳴く音がしている。朝から晴れて暑く、海を目指してひたすら歩いていくうちに、ふと、つげ義春の夢マンガの中にいるような気持ちになってきた。誰一人すれ違う人もなく暑いだけの眠ったような町だった。
歩くことしばし、やがて防波堤とおぼしき堤が見えてきて、その向こうに穏やかな白波が寄せる青い伊勢湾が見えてきた。その防波堤は堤防道路と呼ばれ、車一台は走れる道になっている。地図だとこの道路沿いにライブハウス・いいかげんはあるはずなのだ。
ところがどこまでいってもそれらしき店はみつからない。まず最初に見えてきたのは、煉瓦の煙突が立っている木造の倉庫群で、道に面してはどこにも入り口はない。どうやら廃屋となって久しいようで、中には倒壊し煙突だけが残っているものもある。ええかげんの名の書いてある駐車場の看板があったのでこの近くだろうと思い、だいたいの場所はわかったがまだこんな時間では誰もいないだろうといったんまた駅に戻ることにした。ともかく暑い。寝ていないこともあり早くもヘトヘトだった。
駅に戻ったら、朝はまだ開いてなかった駅前のタバコ屋兼食料品も少し置いてある店が開いたところで、他に何もないので、仕方なくその店に入りジュースと菓子パンを買い、奥のテーブル席に腰掛けてしばし休憩した。どこかに食事できるような店か喫茶店はここらにないかと聞いたら、国道沿いならいくらかあるとのこと。この店で時間をつぶせないし、おそらくこの町には商店など一軒もないことがわかったので、仕方なく海とは反対側に出て、車が行きかう広い通りR23号沿いに店を求めてひたすら歩く。
送ってもらった地図には、国道沿いにはスーパーがあり、そこで買出しできると書いてあったので、途中モーニングをやっている喫茶店がいくつかあったものの入らずに、必死に汗まみれになってスーパーを求めて歩く。そしてようやっと9時半頃そのスーパーに着いて、またマクドナルドでしばらく休憩。軽く食べてトイレも済まして、本日の飲料や弁当などもそこでしっかりと買い込んで11時頃また海へと向かった。もちろん氷とドライアイス入れてもらった。
ライブハウス「ええかげん」に着いたのは11時半前だったか。何のことはない、さっき前を通った煉瓦の煙突のある朽ちた倉庫の一つがそれで、入り口は海に面してあったので気がつかなかったのだ。聞くと、ここは元々魚の干物を作る加工場だったという。そこを内装に手を入れて店風に仕上げてありかなり広い。何かどこかの大学の古い講堂のような趣きがあった。
★海に面した店の入り口。
★中に入るとまずこんな感じで一段高くなっている。
★店内はこんな様子で右手にステージがあり、畳が敷いてありかぶりつきで観られる。ええ雰囲気でとても落ち着けるが、この日は風もなくともかく室内は暑かった。
そして予定通りに昼の12時からライブは開始となり、プロ、アマ問わずに20組以上、総勢で40人近く(以上かも)のミュージシャンが登場し、客も出演者も入れれば100人は来たのではないかという一大イベントはえんえん12時間以上続いてついには深夜にも及んだのである。この暑さと睡眠不足で果たして増坊は大丈夫だったかはまた次回で。