風景/中塚正人 1973年
前回の若林純夫「雪の月光写真師」に続いて、これから不定期だが、自分にとっての愛唱歌とも呼ぶべきずっと大切にしているフォークソングの名曲を1曲づつ挙げていきたいと思う。
本当は音も鳴らせるようにできたらと夢想するが、それは著作権の問題もあるだろうし、ブログでは難しいようなので、おいおい自サイトでコーナーを設けてやれたらと考えている。それに知っている人は当然知っているはずの名曲なので。
というわけで、歌詞だけしか紹介できないが、日本のフォークシーンが生んだ忘れ難き名曲の二回目は
中塚正人作詞作曲で彼自身が唄った「
風景」。
僕がヨボヨボの
じいさんに なったらば
僕は君をつれ
この街を 出るんだ
きっと待ってるさ
ふるさとの山や河が
生まれ育った
あの土のにおい
僕たちが ゆくところ
僕たちが 住むところ
ふるさとの あの丘さ
あの雲の下さ
何でこの唄を取上げたかというと、一昨日のこと当の中塚さんから今年の祝・春一での彼のステージの模様を収めたDVDが届いて、再びあの感動の復活ステージが甦り、以来ずっとこの曲が頭の中で鳴り響いているからだ。本当に有難く感謝のしようがない。
この曲は、1973年の大阪天王寺野音での第3回目の「春一番」で、彼がステージで数曲歌った中からその年のオムニバス盤LPに1曲だけ(近年二枚組みCDで再発の際はもう1曲「吹雪哀歌」と2曲)収録され知られるようになり、以来フォークソング史に残る名曲として、多くのシンガーに歌い継がれている。
大塚まさじも度々彼のライブでは唄っているし、確か青木ともこさん(だったと思う)も同じく後年の春一のステージで歌っていたと記憶する。
きちんとコピーしたわけではないが、極めて単純なコード進行で、メジャーからマイナーへのベース・ランニングの部分がそのままメロディーになっている。が、シンプルイズベストの見本のごとく、簡単ながらも心に残るメロディーと美しい歌詞は他に類がなく奥が深い佳曲だと感心する。
60年代末にはステージに立っていた高田渡、加川良たちが日本のフォーク第一世代だとすると、中塚正人さんは彼らを見聞きし、憧れて音楽を始めた第二世代で、70年代前半の春一番には欠かすことのできないメンバーであったが、若林純夫と同じくやがて音楽から離れてしまい、奇しき縁で若林と同じく奥さんの郷里である山口県へ移住し、その地で飲食業を長年営んでいた。
だが、先輩である若林純夫の死をきっかけに再び音楽活動を開始し、今年の春一番で大塚まさじに「ここで最後に古い仲間を紹介します」とついに30数年ぶりに春一のステージに上がり、この名曲をまさじと共に披露したのである。曲しかしらなかったが昔からずっと好きだった伝説のシンガーをまさか今回観られるとは思いもよらず感無量としか言いようがなかった。その後で早速ステージ裏でお会いし、知己を得ることができ今本当に光栄に思っている。
その中塚さんは今夏上京してくるとの話もちらほらあるのでその節はぜひどこかのライブハウスでこの曲をはじめ彼の歌声を聴くことができたらと夢想している。その計画が確定したら直ちにこのブログでお知らせしたい。