書店で新刊本を買うことの大切さについて
古本屋のオヤジでありながら、みなさんどうぞ本屋で新刊本をもっと買って欲しい、などと言うとおかしな話だと思われるかもしれない。だが、まずお客が本屋で新しく出た本を買ってもらうことで、出版という本をめぐる業界はすべて動いていくのだ。古本もまた新刊のなれの果てなのだから、誰かがまず新刊を買わない限り“古本”は生まれないのである。
流行の「賢い生活術」を説く本では、できるだけ本は買わない、そして図書館などを主に利用することをもっぱら推奨しているが、もしこれが一般常識として標準的ライフスタイルとなってしまったらいったい本を取り巻く状況はどうなってしまうのか。本自体はますます売れなくなりひいては中古の本さえも少なくなる。いや、ベストセラーなどは新刊も中古もなくなることはないだろうが、それよりも怖ろしいのは、売れる本の心配よりも当初からあまり広く売れそうにない本についてだ。実はそうした本は、出版社のベストセラーなどから得た剰余の範囲で出されているから、みんなが新刊本を買わなくなるとつまるところ出版点数そのものが減っていくのである。
このことは漠然とだがこのところずっと考えていた。そしたら先日、中堅の売れっ子作家、東野圭吾氏が、この件について実体験を踏まえた発言をされていて、やはりそうなのか、と意を強くした。
以下無断ながら抜粋して論旨を紹介したい。
東野氏が、デビューして間もない頃、編集者から言われた話として、彼の本があまり売れなくて申し訳ないと版元の編集者氏に謝ったところ、「東野さんで儲けようと思っちゃいませんよ。うちには西村京太郎さんや赤川次郎さんの本がありますから、そっちで稼がせてもらいます」と笑われたという。そして、東野氏は、「私はたしかに赤川さんたちに食わせてもらっていた。あの方々がもたらす利益があるから、出版社は私のような売れない作家にも仕事をくれたのだ」と気がつく。そのことは、「相撲部屋に無給の卵たちが大勢いるのと同じだ。出版社は数多くの若手作家に投資し、将来この中から一人でも二人でもいいから赤川次郎さんたちのような横綱が出現することを期待したのだ」と。そして、二十年近くが経ち、「私もようやく関取の一人として数えてもらえるようになった。出版社には私の本を売ってどんどん稼いでもらい、その稼ぎを新人作家に投資す」るはずだったが、近年の出版を取り巻く環境の激変である。
「図書館では利用者のリクエストに応えてベストセラー本を置くようになり、ブックオフの店頭には発売間もない新刊本が並ぶようになった」。「それがどこが悪い、という声が聞こえてきそうだ。利用者や消費者の利益になることだからいいじゃないか、と」。しかし、と東野氏は言う。「図書館やブックオフがどんなに賑わっても、出版業界には一線も入ってこない」のだと。さらに、「この世に新しい本が生み出されるのは、書店で正規の料金を払って本を買ってくれる読者の方々のおかげである。図書館やブックオフに本があるのは、その人たちが出費してくれているからだ」。そして「せめていっておきたい」こととして、「図書館やブックオフを利用することを、まかり間違っても、『賢い生活術だ』と思ってもらいたくない。そう考えることは、出版業界を支えている購買読者たちへの、とんでもない侮辱である」と、文を結んでいる。――(角川書店発行/『本の旅人』2005年9月号より)。
書き手、出版者側の人間の発言であるから100%全面的にちょっと賛同出来ない点もあるけれど、基本的には東野氏の意見を増坊は正しいと思う。これは、現行の新刊本の値段が高いとか内容の希薄さとかの問題とはまた別に、本を作り売るという経済の流れについての話なのである。