黒、白、灰色の猫の一族の系譜の末端に
行方不明の足袋次郎のことを書くことは、まずその出自というか、この家の人間関係ならぬ、猫関係についてもふれないけにはいかない。
恥も外聞もなくもうあからさまに何もかも書くと、増坊がこれまでの人生において、飼い、あるいは拾い、そしてこの家で生まれて一時期でも共に暮らした犬猫の数は、トータルにすれば100匹近くになるかと思う。決してオーバーな数ではなく、もしかしたらそれを越えているかと思うほど、多くの動物達と暮らしてきた。※ハムスター類や金魚類、鶏、小鳥、亀などそれ以外の動物は今回は計算に入れていない。純粋に犬と猫だけの数についてであり、犬たちについての話は今回はふれないでおく。
我が家は、車が一台すれ違えるかどうかという幅の道を挟んで、目の前は八高線という単線電車の線路に面しており、現在は人の背丈を越す金網のフェンスが出来、その線路内に入るのは難しくなったが、以前は簡単な鉄条網、いや、バラ線が数本張ってあるだけであって、人も含めて犬猫は線路内に簡単に行き来でき、そのため電車に拠る死亡事故が多発していた。
昔はその線路が子供たちの遊び場でもあり、人は列車(当時は蒸気機関車か、ディーゼルカー)が近づけば危険を察知して逃げるが、動物はそれがわからないものだから、家の前の線路ではこれまで何十匹もの犬猫が跳ねられ、事故死と言うか轢死してしまった。だが、国鉄時代はともかくJRになってからは、その金網フェンスが設置され、人も犬も簡単に入れなくなったので、もう犬の死亡事故は絶えて久しい。が、猫は体が小さく、そのフェンスの下の隙間から中に入れるので、つい線路でトカゲとかを追ってハンティングに夢中になっているうちに相変わらず電車に跳ねられてしまう。そんなで今も我が家のを含めて多くの猫たちはその線路内で交通事故死してしまうのである。だから今回まず確認したのはその線路であった。
そんなで我が家では極めて犬猫の死亡率、失踪率が高いということをご理解の上として話を進めていくが、現在ウチに居る三匹の猫のうち歳の順に説明していくと、一番の高齢は通称、「黒母さん」と呼ばれる老雌猫で、たぶん20歳近くかそれ以上になるかと思う。冗談抜きに増坊がまだ若者の頃からずっと家にいる猫で、いったいどこから来たのかいつからいるのかもう誰もわからないほどの老いた黒猫だ。今も元気で呆けてもいるのだろうが食欲だけは旺盛で抱かれたりは嫌いで愛想はないのに常に腹が減ったとニャーニャー鳴いてうるさいこと極まりない。その猫の息子や娘も何匹も居たのだが、線路で死んだり病死したり、家出したりとすべていなくなったのに黒母さんだけは今も一人生き残っているのだ。だいたい黒いから「黒」であって昔は名前など誰も付けなかったのではないかと思える。
そして次に黒母さんの家系の次に、生まれてすぐに何匹もまとめて捨てられていたのを拾ってきたのが「白母さん」の家系で、何匹も兄弟は居たのだが、生き残った真っ白の猫が子猫を生んで、そこから三代に渡って白一族が栄えた。今この家にいるのは、その末裔の「ハチ」と言う名前のメスのキジ猫であり、わけあって前足が1本失くしてしまった障害者猫で、この猫も性格が偏屈でなかなか付き合うのが難しい。※余談だがその白母さんは、その産んだ娘猫がまた妊娠し出産したときに娘に家から追い出され、ノラ猫となってしまったが、近年近所に帰ってきて、他所の家に飼われて今も元気で生きているようだ。
そのハチは、子供を4匹産んで、2匹は貰われていったが、残った2匹がオスであり、やはりとても人懐こい可愛い兄弟であったか、1歳を過ぎたぐらいで、1匹は線路で事故死し、相次いでもう1匹は当時流行っていた猫エイズに感染って治療の甲斐もなく病死してしまった。
そのときも親父は悲嘆にくれ、鬱々として精神的にかなりおかしくなってしまったので、仕方なく代替の新たな猫として、近くの都営住宅のゴミ捨て場にたむろしていた野良猫一家のところから、ちょうど子猫がいたのをみつけて、増坊は、集まって昼寝していた子猫たちの中から一匹を捕まえてトートバックに押し込んで連れ帰った。
その猫は、雑種のはずなのに、青灰色で、人気の猫種ペルシァンブルーによく似ていて、先祖にきっとその種を持つ系統なのだと思うが、父はその子猫にだいぶ癒され立ち直った。メスでグレーの猫なので、グリコと名づけられた。元々は野良なので、警戒心が強く、なかなか飼い主にもなつかないやや難しい猫だったが、うっかりしていたらたちまち妊娠してしまい、死産もあったものの無事産まれ成長した兄弟が茶色の虎猫、茶太郎と、白い靴下履いているような足袋次郎であったのだ。
ウチの場合、子猫が産まれて、それがオス同士だとした場合、成人するとテリトリを争うのか、必ずまず一匹が家出するのかいなくなってしまう。ケンカして追い出されるのかわからないが、本能としてオスたちは一軒に共存できないようで、それもまた猫の法則らしく、一歳になるかならないかでまず茶太郎が姿を消した。そのときは、やっぱりか仕方ないとすぐに諦めてろくに探しもしなかった。そして、二歳を越して、今回残った最後のオス猫である次郎が行方不明となったというわけだ。
去勢出術をすればいなくならなかったかと今も自問するが、室内だけで飼う場合はともかく、果たして効果はあっただろうか。友人宅のオス猫は、手術してもケンカに明け暮れているし、雌猫は子供を産んだあとは避妊手術はするが、ウチでは今までオスは自然そのままにしていた。やはりそれがいけなかったのか。