ワークショップの反響はあったものの
月曜日だというのにブログを更新せずに、ついライブに出て、その後、のみ亭でとある女性と会う約束してたはずなのに待ちぼうけくわされて零時頃となり、結局毎度の立川発の終電で帰ってきたら、日付は変わってしまっていた。拙ブログどれだけ読者がいるのかともかく書くのが遅れお待たせして申し訳なく思う。
さて、先にお知らせした両国フォークロアセンターでの増坊企画のワークショップ、同好の友人知人、そしてミュージシャン方に同報メールにてその情報を一斉送信したらば、有難いことに概ね好意的返信がほぼ全員から返ってきたのだが、残念なことに、皆既に先用があり、今回は参加不可能というものであった。
考えてみると、急な連絡だし、先にも書いたがライブはたいてい土日に集中しているところに、年度末の3月ということもあって、確定申告やら移動や調整や引越しで皆さん超忙しい最中であった。ちょっと無謀であったかという気もしてきているが、それでも予想外の好意的反響には嬉しい驚きがある。
これは遠方の、当然来れないことは承知でお知らせした大阪の春一番仲間からのメールだが、「増田さん、こんな企画は夢には思っても実現させる人が今までいなかった。これ凄いことですね。 ところが悔しい!その日は行けない。あぁ」とか、「すごく興味のある企画ですね。参加できませんが後ほど内容を聞かせて下さい。高田渡生誕会には、参加する予定です。では、その時また」と、やはり自分の音楽仲間はちゃんとわかってくれていると大いに励まされた。
参加者数は果たしてどうなるかともかく、やはりこうして評価されると、やることの意義はあると思いなおしたし、そのためにも精一杯頑張らねばと気持ちを今改めて引き締めたところだ。
さて、アラン・ロマックスという米国人をご存知だろうか。正しい表記は、ローマックスと伸びるようなのだが、その名前は、昔から小耳に挟んでいたものの、正直なところどれほどの人でどれだけのことをしたのかよく知らなかった。民謡研究家とか、フォークソングの父と紹介されることが多いが、60年代米国のフォークリバイバルブームの立役者であり、彼が、いや、その父親も含めて親子二代に渡る活躍がなければ、おそらく今日アメリカの音楽シーンは全く違う姿となっていたと言われている。彼らなしでは、ガースリーもピート・シーガーもボブ・ディランも果たしてスポットが当たったかわからない。ということは、その米国の影響を強く受けた日本だって同じことで、ロックも含めて内外のフォークソングという音楽を考えるとき最重要な人物と言えよう。
このところ両国フォークロアセンターで国崎氏からお話を伺う中で、その偉大なロマックス親子についていやがおうにも関心が高まりついに、彼らの伝記本を手に入れることができた。
みすず書房から出ている本だから、豪華かつ高い本で、軽く5千円以上もする。しかし、向こうの完全翻訳本であり、彼ら自身の講演や収録した音源まで付録CDも付いていることを思えばどうしても入手せねばならないと考えた。
実はまだ詳しく内容は読んでいないのだが、その本に寄せられたコメントだけだって、彼らがどれだけのことをしたのかがか窺い知れる。
「アラン・ローマックスがいなければ、ブルースの爆発もR&Bの運動もなかっただろう。そして、ビートルズもローリング・ストーンズもヴェルヴェット・アンダーグラウンドも存在しなかっただろう」――ブライアン・イーノ(本書カバー序文)。
要するに端的に言ってしまうと、ロマックス親子は、それまで誰も見向きもしなかった米国のフォークソング、つまり、口承でしか伝わっていなかった民謡みたいなもの=ルーツミュージックに関心を抱き、米国内外あちこちの古老のような人に出向いて録音し採譜し、歌詞を聞き取り記録して、きちんと音楽として形にしていった人なのである。今日、日本でも知られている名曲「グッドナイトアイリーン」だって作者は、レッドベリーという黒人の囚人であり、ロマックスが刑務所に出向いて彼の音楽を聴き取ったことにより、彼は更生して犯罪から足を洗ってミュージシャンとして大成したのだという。
また赤狩りで不遇時代のP・シーガーを応援し支えたのも彼であり、J・ロール・モートンからディランに至るまで、ロマックス親子なくしては米国の音楽シーンは語ることはできない。
自分はそんな人のことを国崎氏から教わって大変幸運だと思えたし、結局、彼がフォークロアセンターでしてきたことも実は同じだと思い、ならば自らもやがてはロマックス親子のように、音楽のために裏方として全身全霊を捧げたく思った。もちろん、ロマックス親子の足元にも及ばないはわかっている。しかし、記録と伝承は自分にとって使命だと思っているし、“夢には思っても実現させる人が今までいなかった”ことをやらない限り、音楽は次世代に残っていかないと考える。
浅学非力を承知でワークショップをやるからにはそれなりの覚悟はしているのだ。